【ジンバブエ】例えば人を殺したとして【政治】
どうも、いしかわです。(いしかわとは?)
突然ですが、殺人って知ってますか?
殺人っていうのは人を殺すことです。
当然殺されたくないですし、殺すのもいけないことだとされています。
もちろん、それはジンバブエでもです。
しかし、そのあたりの倫理観ってちょっと日本と違ってたりするのです。
今日はその辺をまとめました!!
・・・と、いきなり「いかにもブロガー」みたいな始まり方をしちゃったんですが
こんなニュースがあったんです。
Zanu PF、テロリーダーの復帰を祝う
https://www.newsday.co.zw/2018/12/zanu-pf-celebrates-terror-leader-return/Zanu PFっていうのはジンバブエの与党です。今の日本でいう自民党みたいな!
ちなみにムナンガグワ現大統領も、ムガベ前大統領もZanu PFです。
その与党のメンバーであり、2002年の選挙中に野党であるMDCのメンバーを殺害したEddie Munjanjaさんが、釈放され、豪華な歓迎パーティが開催されたようなんです。
これって
日本だと考えられないですよね!
現与党のメンバーとは言え、人を殺した人物に対して歓迎パーティは
日本ではきっと
「不謹慎だー!」と言われるでしょう。
そもそも日本とは歴史も文化も人種もなにも違うのです。
Eddie Munjanjaさんは、簡単に言うと英雄視されているのです。
なんでこんな感じなのかというと
こうした傾向は恐らくアフリカの多くの地域で見られるんですが、それはアフリカの多くが植民地だった過去から、独立を勝ち取った歴史を持っているからなんです。
余談ですが、ジンバブエはイギリスの植民地だったので、先日香港(元イギリス)に行ったときに、所々ジンバブエと似た街並みがありました。
近代アフリカの歴史は独立の歴史です。
ジンバブエも1980年にイギリスから独立を果たし南ローデシアからジンバブエという国になりました。
※北ローデシアだった現ザンビアと合わせてローデシアと呼ばれていました。
独立は戦いです。
ジンバブエの与党は厳しい戦いを乗り越え、見事独立を勝ち取ったのです。
日本のように、もともと自分の国だったということではなく、自分の国を取り戻したという英雄なのです。
ジンバブエの首都、ハラレの郊外には下記のような記念碑も設置されています。
日本に良くも悪くも英雄がいません。
それは、「その危機を救うと英雄視されるほどの危険」がなかったということの現れなのか
はたまた
どれだけいいことをしても一つ悪いこと(ここでは殺人)をした人間を讃えるのが、どうしてもできない人種なのか
それはわかりませんが、そういうところにも大きく日本とジンバブエの倫理観の違いが見て取れます。
今後は
日本の方が発展しているから、アフリカもいずれそうなる
とは言い切れません。
そもそも生い立ちが違いますし、これからの発展モデルも、戦後日本の焼き直しではなく、現在の技術を駆使した一足飛びの進化:リープフロッグ型の発展となるでしょう。
人の命の重さですら、文化や歴史が決めてしまうのです。
決してアフリカが命を軽く扱っているとは言いませんが
人の生き死にが当然の世間になりますので、ギャップはあるかと思います。
これからアフリカに行く方は、そこのところも頭に入れといてください。
ではでは!
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